ここではモノが感じる、人とヒト、人とモノのお話を紹介します。
いつも皆様はどのような表情で過ごしていますか?
楽しい時、嬉しい時、怒っている時、辛い時、そして悲しい時。
イメージでは想像できたにしても、自分では気にして見ることが無い顔の表情。
それは周りの人にはどのように映り、そしてどのように感じられているのでしょうか。
神戸の小さな古本屋でBruno Munariの「guardiamoci negli occhi」の絵本に出会いました。
あまりよく知らなかった僕は手にとって見てみると、中からは色紙に描かれたたくさんの顔のイラストが出てきて、その顔のイラストは組み合わせによって色々な表情になるものでした。
それを色々な組み合わせで遊んでいると、目の中の色や大きさが変わるだけでこんなにも表情が変わることに凄く驚きました。
たくさんの色や線で描かれているイラストは、表面の絵は変わらないのに目の奥にたくさんの色や大きさの目が見えるようになるだけで違う表情に感じられ、目の奥にはその人の本当の情報や感情が隠れている事を表現しているのかな・・・?っと一人で妄想の世界に入り込んでいました。
人の目を見て話すことが大切と言われていたり、愛情表現の一つに見つめ合うという言葉が使われていたり、目を見る事を基準にした表現方法が使われているのは、表面上は色々な表情をする人がいても、その人自身の本質は目の奥にあり、人と人が本当に繋がり合うということは、その目の奥にあるその人自身の本質を通じて繋がり合う事を意味しているのだと感じました。
色んな表情や感情、または愛情表現や美意識。人によって大きな違いのあるその気持ちも、表面にある表情の情報にとらわれずに、目の中にあるその人自信の本質を感じ取ることで、その人達は理解しあい、信頼しあう気持ちになれるのだと思います。
普段の生活では、そこまで意識したことのない目を見て話すという些細なことが、人と人が繋がるために大切な第一歩なのかもしれないし、表面の情報にとらわれずに、その奥にあるモノを感じ取ることが、相手のことを理解しあう為に大切なことなんだと改めて考えさせられたように思いました。
神戸の小さな古本屋で出会った絵本を見ながら、自分の足りない知識を振り絞り、少し難しく哲学的な思いに浸った時間を過ごしました。
この絵本を見た人がどのように感じ、どのようなことを想うのか。一つの作品で色々な人がたくさんの事を感じとり、考えて、そしてそれを他の人と意見交換して共有出来ることもアートを見るときの楽しみなんだと思います。今度は皆様の感想を教えて欲しいなと思っています。
6月ごろには滋賀県立近代美術館でブルーノ ムナーリの展覧会があるようなので、今度はどんなことを考えさせてくれるのか、今から楽しみです。